IWABEメッセージ
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第123回「甲斐の国から」
数年前のこと、私は「Nさんのこと」という一文を書きました。社会人としての出発地・横浜から東京へ転勤した際に出会った「上司にして先輩」であるNさんから、自身の退職と年賀状仕舞いを知らされて、懐かしさよりも何とも言えぬ寂しさを強く感じながら、胸に去来する数々の思い出を綴ったのです。そこではNさんを「関西出身の体育会系気質。時に豪放磊落であり、時に繊細緻密、厳しさと優しさを併せ持った人」と表現しました。「無類の責任感と行動力、強力なリーダーシップを備えた姿からはカリスマ性すら感じられ」るとも描写しました。私はNさんの不肖の「弟子」を自認しており、Nさんは自分の人生に影響を与えてくれた人々のうちの重要なひとりであって、まさしく「人師」に他なりません。人生に訪れたひとつの節目において、遠地からとは言え、言葉の力を信じて自らの思いや考えをかたちにしていると、いつ訪れるかはわからない再会の機会を心より願うばかりでした。
その願いが通じたのか、全く幸運なことに、先日その機会に恵まれたのです。およそ四半世紀ぶりの再会です。きっかけは、「Nさんのこと」を収録する自著『散歩のついで』をNさんへ送ったことにあります。勿論Nさん自身も「Nさんのこと」を読んでくれたはずです。それでNさんは私のことを思い出し、電話を掛けてきてくれたのです。かつてと全く変わらぬ威勢のよい関西弁を懐かしみつつ、自分の心は東京で深更まで働いていた若かりし頃のそれに戻っていました。実に自然に戻っていました。その後、何度か電話のやり取りをしているうちに、Nさんは「知多半島に行く」と言い出しました。それはそれで大変光栄なことではありますが、やはりこちらから訪問するのが筋というもの。「いえいえ、こちらからお邪魔します」という訳で、私と妻の2人は1泊2日でNさんに会いに出かけたのでした。
Nさんが現在お住まいの山梨県甲府市へは、JR中央線の特急しなの、塩尻乗換の特急あずさを利用します。のんびりとした鉄道旅は、再会に胸躍らせるだけでなく、数え切れぬほどの思い出を次から次へと記憶箱から引っ張り出し、東京以降の自身や自身を取り巻く環境の変化を時系列的に整理するには丁度よい時間を提供してくれました。私には語りたいことが山ほどあり、すべてを語り尽くすためには、当然それ相応の準備が必要だったのです。
甲府駅に到着。改札口に向かうと、そこにはNさんが待っていてくれました。長い年月を経て、久しぶりに、本当に久しぶりに会えたのです。最初に固い握手を交わしました。次いで、私は妻をNさんに紹介しました。妻がNさんにあったのは結婚式以来のことでした。とまれ私は再会を果たせたことに感激していました。何から話そうかと考えてみても、列車内で整理した思い出話などを滔々と語り出すことはできませんでした。いや、ガツガツしたり躍起になったりして言葉を発しようという気が、不思議なことに微塵も起きなかったのです。それは恐らく、再会の瞬間から私は東京のオフィスで対面に座るNさんの部下の意識に完全に戻っており、先輩後輩として職務に精励していた「あの」人事部のフロアにまるで今でも立っているかのように感覚したからでしょう。毎日職場で顔を合わせている者同士が、その都度これでもかと思い出話に耽ることなどないものです。昨日と同じように今日も明日も明後日も、平凡で何の変哲もない時間を懸命に生きている者にとって、自身の思い出話や身の上話は、酒席は別として、会話の主題にはなりにくいものでしょう。それよりむしろ、四半世紀ぶりの巡り会いであっても、即時に四半世紀前へ瞬間移動し、その立ち位置から振る舞う心境になり得ることの方が、非常に興味深いと言えます。
駅ではNさんの奥様Yさんと愛犬Wちゃんからも歓迎を受け、昼食後にいよいよYさん運転の自動車にて市内観光名所巡りが始まりました。富士山の伏流水が湧出して生まれた複数の池から成る「忍野八海(おしのはっかい)」では、どこまでも透明で清浄な水の美しさに目を奪われました。また、富士山=木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)を御祭神とする「北口本宮・冨士浅間神社」に堂々と生える見事な夫婦桧と太郎松には圧倒され、自然界の霊威と山岳信仰の敬虔さを境内の空気に感じることができました。それから訪れたのが「ほったらかし温泉」です。「名は体を表す」と言いますが、「入浴料さえ払えば後はご随意に」という、何とも長閑で、のんびりとした、しかし素晴らしい景色を眺めることができる露天風呂です。実に大勢の入浴客で賑わう大きな湯船に浸かりながら、遥か彼方には夕焼けに染まる赤肌の富士山を、眼下には盆地に栄える甲府市街を一望します。旅の疲れを癒しつつ瞑目すると、数多のご縁につながってこそ今そこにいられる自分自身を少々感傷的になりながら省み、偶然と必然が混淆する不可思議な運命なるものにしみじみ思いを致したのでした。当日の宿泊はN邸にお世話になり、自家製野菜をふんだんに使った心尽くしのお料理と全国各地の銘酒を頂戴し、カラオケ大会ではそれぞれの十八番を熱唱、途中人事部時代のYAさんもLINE参加して、大盛況のうちにお開きとなりました。語りたいことは山ほどあれど、それはそれとして本当に愉快で幸せな時間を過ごすことができました。
翌日は、朝食をいただいてから、昇仙峡へと向かいました。荒々しくそびえる岩石が山々を構成し、圧巻の仙娥滝は「瀑布」と表現するに相応しく、奇岩と清流の間に自生する草木に魅了されながら渓谷を散策しました。かなりのマイナスイオンを全身で浴びたので、心身のリフレッシュにつながったことでしょう。近くの金櫻(かなざくら)神社の本殿では昇龍・降龍の彫刻に目を見張り、次いで武田神社へ参拝すると、かつて境内エリアに建っていた武田氏三代の居館・躑躅ケ崎館(つつじがさきやかた)を舞台に繰り広げられた戦国乱世の権謀術数の数々を想起せざるを得ませんでした。昼食は郷土料理「ほうとう」に舌鼓を打ち、お腹一杯、大満足のうちに帰路に就きました。Nさんご夫妻には何から何までお世話になり、大歓待を受けました。恐縮至極です。本当にありがとうございました。Nさんとの紐帯は今も確実に存在し、しかもそれは一層強固になったに違いない……特急の車窓から見える甲斐の国の風景は、そんな私の思いに賛同してくれているようでした。
ところで、今回の旅路で最も印象に残った風景はと言えば、間違いなく富士山の絶景ということになるでしょう。天候に恵まれたので、いつでもその姿を拝むことができました。しかも、東海道側からの見え方とは異なる、全く新鮮な姿です。見事なプロポーションの威容からは、桁違いの存在感や安定感、静かに穏やかに下界の人々を見つめる優しさ、天地を貫く自然界の摂理や冷厳さ等々すべてが混ざり合って伝わってきます。大迫力をもって我々に何事かを教え諭そうとしているようですらあります。
この富士山は、誰が、いつ、どこから、どのようにして見るかによって、その見え方は全く異なってきます。老若男女、心身のコンディション、興味関心や知識の度合いに影響されるだけでなく、季節、天候、時間帯によっても、また遠近高低や角度の差によっても印象は千変万化するでしょう。ただ押さえておくべき肝心なことは、存在する富士山という現実体はひとつであるということなのです。確かに、時間軸と空間軸の内で生きるものにとっては、象限における立ち位置、その他自身のコンディションによって、対象認識の態様に変化が生じます。つまり、特定の個性を持った生物(取り分け人間)は、その「時と所」を起点にして対象と向き合うのです。認識は多様。明暗、大小、場合によっては悲喜すら感じるでしょう。認識する側からすれば、認識される対象が様々に変容して捉えられたとしても、そのそれぞれが現実の姿として把握されるのです。現実の姿は認識する側の条件により変化する、いや、変化したように見えるということです。しかし、実際のところ対象そのものは全く変化せず、泰然と存在します。(対象自体が変化することは当然あるでしょう。形あるものはいずれ崩壊します。この問題についてはまた改めて。)そう考えてみると、対象の「真」の姿(物理的な意味に加えて、文化的・思想的な意味をも踏まえたもの)に近づくためには、一方向から見た姿だけではなく、多角的な視点から把握した姿の集積、経験蓄積によるしかないのかもしれません。様々な角度から対象の姿を見ることによって、我々は朧気ながら、所謂「真実」や「真理」に接近できるのでしょう。ただ当然のことながら、いくつもの角度から対象に迫ろうとすることには、それを為そうとする揺るがぬ決意・意欲は勿論、尽きせぬ好奇心や想像力が不可欠となります。思いつく限りの視座から対象へ目を向けようと試み、それこそ五感をフルに働かせて徹底的に観察し、落ち着いて考え抜き、悩み続けるうちに、わずかばかりでも「真」なるものを知り得るような気がしてなりません。ところが、特に人間は、大方が不精で、面倒臭がりで、飽きっぽく、事実として気力にも体力にも限りがあります。あれこれ適当な言い訳を繰り返すうちに一生を終えてしまうことすらあるのです。かくあれば、「真」はますます遠のき、それに遭遇できぬままとなるでしょう。そうした典型的な人間のひとりである私でも、甲府のあちらこちらから富士山を遠望すると、霊峰の霊峰たる所以をほんの一時ながら覚知できたように思われました。それは、「コノハナヤクヤヒメ」を純粋かつ素朴な心根をもって仰ぎ見てきた人々の視座を共有できた瞬間だったのでしょうか。「真」を間近にする感激に与れた一瞬であったと受け止めることにします。
甲府を訪れるにあたり、私はNさんにお世話になる御礼としてウイスキー「知多」を贈り、Nさんからは「白州」を頂戴しました。これはまさしく、お互いのご当地ウイスキーによる「エール交換」でした。声援を送り、送られる……。帰宅してからのこと、いただいた「白州」のボトルを見つめていると、その琥珀色の世界には、ほんの少しだけ心寂しさの色が滲んでいるように感じられました。次にNさんと会えるのはいつのことになるのだろうか、知多にお迎えする時のことになるのか……。「すべては神の御心にお任せしよう」。ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』の主人公・テヴィエの科白です。紐帯で結ばれるうちに、次なる運命の交差が訪れる機会のことを想像すると、そこに将来への期待感が生まれてきて、何とはなしに自らの表情に笑みが、心持ちに温かみが戻ってきたようでした。
さて、第75期の第2コーナーに入るにあたり、今一度注意すべきことは、何らかの判断をしたり、行動を起こしたりする場合には、決して短兵急になってはならないということです。安直な思い込み、狭窄した視野による軽率な見方、前後見境のない浅慮は事故や損害の元になります。勇んだ短慮なんぞにどれだけの意味があるでしょうか。大切なのは物事を多面的・複眼的に把握し、目的と手段、費用と便益等の多様な組み合わせを比較衡量した上で行動に移すことです。無思慮強行ではなく、熟慮断行でなければなりません。ひとりで複眼的に見ることができないのならば、複数の人々と協働し、そこで得られた見解を参考にすることです。「衆力功をなす」とも言います。個性あるひとりひとりが熟慮の末に己の力を最大限発揮し、かつそれらの力を結集することによって諸課題に対処していきましょう。
有為転変は世の習いとしても、先ずは何よりご自愛専一にて。ご安全に。