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第111回「ノスタルジア」
1950年代にあっては、勿論海外旅行など一般的ではなかったでしょう。情報量も移動手段も限られていました。何より経済的負担が大きく、1ドル=360円の固定相場制で、外貨持ち出し制限もかかっていた時代に、海外へ観光旅行や留学に出かけるということは夢のまた夢、憧れる以前にほとんど大半の人には全く縁のない事柄だったのです。ましてや文化や言語も異なり、周囲を見渡しても滅多に日本人を発見できないような状況下で、好奇心を上回る不安感に苛まれながら、無事旅の目的を果たし、欲望を満足させて帰国できるのかどうか誰にもわからないとしてみれば、旅に出かける人も見送る人も、少し大袈裟ですが「今生の別れ」を惜しむ思いがしていたのかもしれません。そんな時代に海外に留学し、しかも世界一周を敢行しようとする学生がいたとしたら、その何ものにも臆せぬ行動力の凄まじさと爆発せんばかりの知的好奇心の充溢に只々感心するしかなく、それどころか、万難を物ともせずに前方へと突き進むさまには、ある種の狂気すら内包する、近寄り難いほどの熱量を感じざるを得ないでしょう。しかし、そんな面白い学生が現実にいたのです。
作家の小田実(おだ まこと 1932-2007)は、東大の院生だった頃、フルブライト留学生として渡米し、その後カナダ、メキシコ、ヨーロッパ諸国、中東、アジアなどの国々22カ国を「1日1ドル予算」で「ユースホステルに泊まり、パンと牛乳で生きてゆけば、それでなんとかやっていける」と考え、実際に旅してのけたのでした。その旅行記こそが『何でも見てやろう』(初版1961年 河出書房新社)です。誠にエネルギッシュでバイタリティーに溢れた著者の行動スタイルはその筆致にも現れており、遠慮会釈なく世界文明を一刀両断し、時に冷静に時に情熱的に人間を語っています。その基本姿勢は、表題の「何でも見てやろう」と「なんとかなるやろ」でした。西洋も東洋も、金持ちも貧乏人も、上品も下品も「何でも見てやろう」と誓いを立てて見聞し尽くしてしまおうというのですから、勇猛果敢というか無謀無鉄砲というか、とても当時の常人には真似できない「企み」だった訳です。
その小田がアメリカの中で特に見てみたいと憧れていたものが3つありました。それは、ニューヨークの摩天楼、ミシシッピ河、それとテキサスの原野でした。自然であれ、人工物であれ、人間の思考であれ、とにかく「ばかでかいもの」が大好きだというのです。また、その3つこそがアメリカの集大成であり、中でも摩天楼は人間の意志がそこに働き、その労働の結果作り上げられた産物であって、「われわれの文明が二十世紀になって行きついた(行きづまったと見るのも自由だが)極限のかたちを最も端的に象徴」しており、その巨大さが重圧となって自分に迫ってくるならばその下で「自分の存在を確かめたい」と感じたといいます。現代先進文明の到達点のひとつであるニューヨークの摩天楼の下に立ってみたいというのは、小田ならずとも我々の多くが抱く素直な欲求であるに違いありません。
少し前のこと、日本テレビ系列の番組で『アメリカ横断ウルトラクイズ』という視聴者参加型クイズ番組がありました。毎年1回、複数週連続で放映された特別番組です。日本国民が前を向き、上を向き、成長することのみを信じていた時代、繁栄と豊かさが当然のように希求された景気のよい時代の番組でもありました。第1次予選の地・東京ドームには多い時で5万人を超える参加者がありました。「知力・体力・時の運」、会社や学校を顧みず、優勝者「クイズ王」になることを目指して集結したのです。主としてアメリカ大陸の各都市をチェックポイントとしてクイズ戦が繰り広げられ、脱落した者には罰ゲームが待っています。決勝戦は、たまに例外もありますが、ニューヨークのパンナムビル(当時)の屋上で行なわれました。2機のヘリコプターに分乗した決勝戦進出者は、摩天楼の建ち並ぶマンハッタンを眼下に眺め、最もアメリカ的でドラマチックな決勝戦会場へと向かうのでした。あの当時としても、さすがにアメリカ大陸を横断するような大旅行はなかなか出来ることではなく、多くの人々にとって憧れと浪漫の対象だったはずです。本当に今とは大違いです。
摩天楼が街区に隙間なく林立して威容を放ち、広大な面積を誇るセントラルパークでは人間と野生動物が戯れ、数多くの文化施設では多彩な芸術活動が今日もまた花開き、港の先に臨むリバティ島では自由の女神像が松明片手に自由と希望の光をもって世界を照らしている……そんなニューヨークの街を夫婦二人で散歩したことがあります。当時は治安が改善されており、暗くなってからでも安心して街中を歩くことができました。セントラルパークの広さも、エンパイアステートビルや(今はない)世界貿易センタービルの高さも、共に世界的経済都市を特徴づけていました。ニューヨークの整然とした街区を歩き、そこを彩る華やかで煌びやかな路面店に立ち寄り、あちこちで交わされる人々の会話を耳にし、異国の空気を吸い込むうちに、水平と垂直の極致たる一大都市の情趣なるものを深く感じることができました。特に夕暮れ時、少し落ち着いた気分でのんびり歩いていると、心の中に響き聞こえてきたのは、恐らくジョージ・ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』だったような気がします。軽快・軽妙なメロディーの部分と、情感一杯にゆっくりと、本当にゆっくりと人間社会の悲喜を表現する部分のどちらもが、あの日あの時のニューヨークそのものを描いていたようです。確かにあの街の夕景を表現するには最も相応しい曲と言えます。心に染みる瞬間とは、音楽と実体験とが絶妙に一致する時に訪れるのでしょう。
あの『アメリカ横断ウルトラクイズ』の番組中にも、『ラプソディ・イン・ブルー』が使用される場面がありました。番組のテーマ曲は『スター・トレック(宇宙大作戦)』テーマ曲のアレンジ版、チェックポイントごとのBGMには、ガーシュウィンと同じくアメリカの作曲家であるファーディ・グローフェの曲も多用されていました。これまた実にアメリカらしい曲で、番組の内容にぴったりの選曲であったと思います。
グローフェはガーシュウィンとも交流があり、『ラプソディ・イン・ブルー』の管弦楽版作曲にあたってはグローフェの協力が大きかったといいます。ジャズとクラシックの融合「シンフォニック・ジャズ」の名曲が誕生したのです。グローフェ作曲の主な作品としては、『ミシシッピー組曲』、『グランド・キャニオン組曲』、『ナイアガラ瀑布組曲』などが挙げられますが、どれもアメリカの雄大な自然、田舎の朴訥さ、楽天的な民衆といったイメージが見事なオーケストレーション、力強い曲運びによって表現されており、ガーシュウィンの曲と同様、古き良き時代のアメリカ、またそれを憧憬し継承することを自負する今のアメリカ人の心象が見事に音楽化されているのです。それはまさしくアメリカ的な望郷感、即ち「アメリカン・ノスタルジア(American nostalgia)」と称されるものでしょう。
ノスタルジア。遠く離れた故郷への想い(郷愁)、現在から過去を懐かしむ思い(追憶)、いずれの意味においても今の立ち位置から過去の立ち位置へ思いを致すことを指し示しています。別の言い方をすると、現在の自分の人生、自分の生活スタイル、自分を取り巻く社会、その社会に生まれる文化等と過去のそれらとを比較した上で、後者にこそ魅力を感じたり、優れた特徴を認めたり、幸福と平安を見出したり、夾雑物のない素直で透明な世界を観取したりすること、さらには、後者の世界へ回帰しようとしたり、しかし回帰できないのでせめて真似だけしてみようと試みたり、それすらできず感傷のうちに涙したりすること、またはそのようにさせる何ものかを「ノスタルジアなり」と説明してもよいでしょう。
それ故にノスタルジアには、明るく楽しく愉快な時と所をテーマとしたところで、必ずしみじみとした気持ち、悲哀、寂寞感、時に無常観が伴なうのです。叶わぬ夢、それでもその夢を見ずにはいられないという人間の性分には、やはり哀しみが漂っている……どれだけ現代科学技術文明の最先端に立っていようが、どれだけ物質的な豊かさの頂点を極めていようが、またどれだけ盛況と喧騒の只中にその身を溺れさせていようが同じことです。時間的にも空間的にも戻れない、その戻れないという「定め」から逃れられないことがわかっていながら、それでも戻りたいという欲望を捨て去ることができない「もどかしさ」に悩み、麗しき記憶の原風景に今の自分が同化する姿を想い描くのが虚しい空想に過ぎないという現実に苦しみ、しかしながらそうした苦悩に接して初めて僅かながらも甘美な喜びを感じ得るという複雑な体験に翻弄されるさまには、人間のどうしようもない愚かさと哀れさが十分に見て取れるでしょう。現在と過去の狭間で懊悩する人間は滑稽でもあり、大真面目な意味で感動的ですらあると考えるのですが、さてどうでしょうか。
グローフェの曲から惹起されるノスタルジアは、私のような日本人にも伝わってきます。ガーシュウィンの曲とニューヨークの摩天楼とが反応して生まれる感傷も湧き出てきます。両者の曲は、アメリカン・ノスタルジアをよく表現していますが、それ以上に万人共通のノスタルジアを呼び起こす音楽の力を持っているように思われてなりません。いつでも誰にでもノスタルジアはあります。また、ノスタルジアの対象も千差万別でしょう。しかし、いずれのノスタルジアにおいても普遍性を持った特質があり、それを想起させる「魔力」を両者の曲は持ち合わせているのだと捉えると、あの時の体験をうまく説明できそうです。
人間は望郷と追憶の生き物でありつつ、しかも前方(未来)への歩みを止められず、後方へ戻ることも現在地点に踏み止まることもできない生き物です。加えて、勇猛でありつつも実は怯懦でもある生き物、全宇宙を語りながら今現在の立ち位置すら見失いがちな生き物、理知の限りを尽くしつつ結局は情緒に寄りかかる生き物、そんな「微笑ましい」生き物が人間なのです。いついかなる状況にあっても、未練と優柔不断に満ち満ちた内心においてのみ自由気儘に時空を旅することが許される者、そういう者こそが実に「人間らしい」人間に思えてなりません。人間は常にノスタルジアとともにあり、そのかたちにおいてのみ人生に色と潤いが与えられるのでしょう。
ノスタルジーは、かなしみの色を帯びた幸福感に通じているということに気付きました。
さて、早いもので今期第74期も4分の1が終わり、第2四半期へ入ろうとしています。会社としての新しい体制も始動し、次なる一歩へと踏み出しました。
会社の仕事においてノスタルジアの効用を否定するものではありませんが、それに浸っているだけではだめで、何故現在の状況にあるのかという因果関係を冷静に分析しなければ、過去を踏襲することも、否定することも、改変することもできないということを覚えておかなければなりません。各人がよく考え、因果の連鎖を理解し、自ら腹落ちさせた上で、責任ある言動を心掛ければ、その総和として素晴らしい成果につながるものと確信します。
全員の見事な働きが相互に繋がり、強い反応を起こして大きな力を生むようにするためにも、先ずは何より心身のコンディションを安定させるべく細心の注意を払っていきましょう。ご安全に。
当社会長 岩部 一好(1939-2016)は、社員とその家族に向けて毎月の給与明細にメッセージを添えていました。
そのメッセージは、作家・城山三郎先生に序文をいただき『雄気』と題された2冊の本にまとめられました。
2冊目の『雄気(続編)-大切なこと-』(平成22年4月発行)の巻頭では、中堅企業に成長することを夢見て、目標に向かって一体となり、自ら物を考え、そして、悩み、行動する真の大人集団となる努力こそがすべてだというメッセージを綴っています。
なお、社員とその家族へのメッセージは、本人が亡くなる直前の平成28年5月分まで書き続けられました。
- 2016年05月
- 第290回 非合理の合理精神
- 2016年04月
- 第289回 血騒ぐ若人の季節
- 2016年03月
- 第288回 ユーモアと老人
- 2016年02月
- 第287回 坂の上の雲
- 2016年01月
- 第286回 May I help You?
- 2015年12月
- 第285回 謙虚こそ力
- 2015年11月
- 第284回 すばらしきかな日本
- 2015年10月
- 第283回 責任をとる
- 2015年09月
- 第282回 お陰さま
- 2015年08月
- 第281回 企業に肉をつける
- 2015年07月
- 第280回 ビールにありがとう
- 2015年06月
- 第279回 合理的な自然の知恵
- 2015年05月
- 第278回 花と古里
- 2015年04月
- 第277回 これほんと。地震と諺
- 2015年03月
- 第276回 和風建築のすばらしさ
- 2015年02月
- 第275回 すごい会社があるもんだ
- 2015年01月
- 第274回 公孫樹の魔力
- 2014年12月
- 第273回 耐震技術の歴史
- 2014年11月
- 第272回 神聖なるは山
- 2014年10月
- 第271回 そば屋と寿司屋の作法
- 2014年09月
- 第270回 鶴瓶師匠の秘密
- 2014年08月
- 第269回 コンクリートの研究
- 2014年07月
- 第268回 忠臣蔵の本音
- 2014年06月
- 第267回 暗い人とは付合うな
- 2014年05月
- 第266回 八丁味噌の力
- 2014年04月
- 第265回 可能にする言霊
- 2014年03月
- 第264回 素朴な疑問
- 2014年02月
- 第263回 プロの鎧
- 2014年01月
- 第262回 人を観る
- 2013年12月
- 第261回 花を愛でる
- 2013年11月
- 第260回 鹿を遂う者は山を見ず
- 2013年10月
- 第259回 いじめは卑怯だ
- 2013年09月
- 第258回 コンクリートの歴史
- 2013年08月
- 第257回 職人は芸術だ
- 2013年07月
- 第256回 あなたの町にも地震がくる
- 2013年06月
- 第255回 匠になれ
- 2013年05月
- 第254回 いつやるか。今でしょう。
- 2013年04月
- 第253回 男は度胸、女は愛嬌
- 2013年03月
- 第252回 慣れと油断
- 2013年02月
- 第251回 情けの本意
- 2013年01月
- 第250回 今日を懸命に生きる
- 2012年12月
- 第249回 修身の教え
- 2012年11月
- 第248回 戦いは粘り勝だ
- 2012年10月
- 第247回 勿体無い
- 2012年09月
- 第246回 リスク管理の発想を身につける
- 2012年08月
- 第245回 気配りと職場
- 2012年07月
- 第244回 嘘のない社会
- 2012年06月
- 第243回 仕事と油断
- 2012年05月
- 第242回 恩を知る
- 2012年04月
- 第241回 高松礼参
- 2012年03月
- 第240回 敬意と品格
- 2012年02月
- 第239回 無常に生きる
- 2012年01月
- 第238回 命がけとご飯がけ
- 2011年12月
- 第237回 日本人の仕来りと疑いの心
- 2011年11月
- 第236回 秋刀魚の歌
- 2011年10月
- 第235回 夏休みの宿題
- 2011年09月
- 第234回 いのちの根
- 2011年08月
- 第233回 仏が住む浄土
- 2011年07月
- 第232回 旗日
- 2011年06月
- 第231回 防災オンチ
- 2011年05月
- 第230回 まず一献
- 2011年04月
- 第229回 岩部八幡神社に参拝
- 2011年03月
- 第228回 勉学する年
- 2011年02月
- 第227回 働く意義
- 2011年01月
- 第226回 ある大工の教え
- 2010年12月
- 第225回 男の矜持(プライド)
- 2010年11月
- 第224回 ウツと哲学
- 2010年10月
- 第223回 赤ちゃんポスト
- 2010年09月
- 第222回 空海の教え
- 2010年08月
- 第221回 税金と私心
- 2010年07月
- 第220回 腹を立てぬ呪文
- 2010年06月
- 第219回 職人の技を守れ