IWABEメッセージ
第26回「人生讃歌」
夕食後ソファに腰掛けてテレビのスイッチを入れると、今ではほとんどYouTubeばかりを見るようになっています。ニュース、時事評論、趣味、懐かしい歌謡曲やテレビ番組等々、数限りないコンテンツに触れることができ、金に物を言わせてハチャメチャなことをするだけのくだらないチャンネルもありますが、「よくぞこんな映像が残っていたな」と感心させてくれるチャンネルもあります。
かつて日本テレビ系列で『すばらしい世界旅行』という番組がありました。何のてらいもなく、真正面から美しい自然や必死に生きる人間達の姿が記録され、飾り気はないが深く心に残る語り口の久米明によるナレーションとともに、我々に「世界」を届けてくれていた番組です。先日、奇才・山本直純作曲の秀逸な番組オープニング曲を思い出して、YouTubeにて視聴しました。
外国への憧憬が強く、知的好奇心だけは旺盛だった時代、海外旅行が夢のまた夢だった時代、壮大かつ情感溢れる曲に乗せて送られるニューヨークの摩天楼、古代遺跡の文物、ジャングルの原住民などの映像にかなりのワクワク感を覚えたものです。大昔は「洋行」するともなれば命懸けで、港まで旅人を見送りに来た関係者は皆涙して手を振り、道中の無事を祈ったぐらいでしたが、今ではその旅人も太って悠然と帰国します。旅に関する情報はあらゆるメディアから入手でき、旅費も比較的安価に抑えられているだけでなく、望めばいかなる奥地に踏み入ることも可能となりました。隔世の感があります。海外諸国における紛争などのリスク要因は増す一方であるとは言え、時代は移り、世界は狭まったのでしょう。
山本直純の作曲では『人生讃歌』という歌も視聴しました。作詞は森繁久彌で歌うも森繁です。TBS系列で放映された森繁主演ドラマ『七人の孫』の主題歌です。何度聴いてもしみじみ感動し、知らぬ間に口ずさむことすらあります。
ここで歌詞を紹介します。しばらくお付き合いいただきましょう。
「どこかで微笑む人もありゃ どこかで泣いてる人もある あの屋根の下あの窓の部屋 いろんな人が生きている どんなに時代が移ろうと どんなに世界が変わろうと 人の心は変わらない 悲しみに喜びに 今日もみんな生きている ※だけどだけどこれだけは言える 人生とはいいものだ いいものだ 人生とはいいものだ……どこかで愛する人もありゃ どこかで別れる人もある この空の下この雲のかげ いろんな人が生きている どんなに時代が移ろうと どんなに世界が変わろうと 人の心は変わらない 幸せがつかめずに 今日も誰か涙する (※繰り返し)…… どんなに時代が移ろうと どんなに世界が変わろうと 人の心は変わらない 明日の日を目指してく 若い鳥にも風が吹く (※繰り返し)」
哀感たっぷりに歌う森繁節。曲は途中でテンポを自在に変え、コーラスも加わります。メロディをお伝えできないのが残念です。みなさんご自身でお聴きいただくしかありません。
女性であれ男性であれ、大人であれ子どもであれ、権力を牛耳る王侯貴族であれ、平々凡々な庶民であれ、功成り名を遂げた人であれ、無位無官の人であれ、莫大な資産を誇る大尽であれ、その日の生活に困窮する人であれ、スポットライトを浴びて華やかに輝いている人であれ、誰にも気付かれずに孤独な時を過ごす人であれ、健康そのもので元気溌剌な人であれ、心身に病や障害を抱えた人であれ、学の蘊奥を極めた天才であれ、簡単な読み書き計算すら覚束ない人であれ、よき家族・同僚に恵まれた人であれ、人との温かな繋がりから縁遠い人であれ、さらに言えば、これらのどちらにも属し得ぬアイデンティティーに苦しみ悩む人であれ、それぞれの悲しみと喜びの時を過ごしています。
ここでふと犯罪加害者と犯罪被害者の問題に思いが及びます。一時は加害者の権利ばかりが声高に叫ばれる一方で、置き去りにされ、ドライに扱われた被害者の権利をこそ守り、尊重すべきであるという世論が強まり、法整備も含めて相当の進展を見たことは周知の通りです。被害者みならず、そのご家族の粘り強い活動があったればこその成果でしょう。
加害者と被害者、それにそれぞれの家族。何と言っても最も悲しむのは被害者本人です。特に命を奪われた場合には、時に加害者の命をもって償ってもらわなければ、とてもとても被害者は安らかに眠ることができないでしょう。ただ、悲しみということで言えば、同じ物差しで測れないではあろうけれども、被害者家族にも、加害者にも、また加害者家族にも厳然としてあります。それぞれが、それぞれに異なった悲しみを十字架のように背負いながら暗く重い日々を懊悩して生きているのだと思います。
外見では、あらゆる幸運に恵まれ、幸福の絶頂にあるように見えて、嫉妬すら呼ぶような人ですら、他人にはわからない深い悲しみ、失意、苦悩があり、心に不幸が巣食っているのかもしれません。つまり、誰でも「悲しみに喜びに 今日もみんな生きている」ということなのでしょう。こうして十人十色の複雑な人生を生きている人々の集合体が「世の中」なのだと言えるのかもしれません。
その上で、歌詞は最後に救いの言葉を投げかけてくれています。どんなに時代が移り、世界が変わったとしても、「だけどだけどこれだけは言える 人生とはいいものだ いいものだ」。
瞑目して、心に沁みる何ものかを感じます。『人生讃歌』。改めて人の世を振り返り、歩を進める時に聞こえてくる歌声です。すべてを言い尽くしてしまうかのような意味深い歌詞ですが、しかし同時に、私ごときが早々に人生を結論付けてしまうことも、極めておこがましく、また傲慢なことであるという意識も忘れずに持ち合わせつつ、これからも時に触れて口ずさみたいと思います。
異常な暑さが続きます。これが異常なのか、通常になるのかはわかりません。従来からの常識や慣例、「いつもこうやっていたから」とか「決められていることだから」といった発想だけでは対処しきれなくなっています。暑さだけではなく、台風、ゲリラ豪雨、雷、雹、竜巻、それに地震などが単発ではなく同時に発生する「複合災害」にも警戒しなくてはならないと言われます。
先ずは現場内でのコミュニケーションを大切にしながら、時に大胆な一工夫二工夫を凝らして、「人命第一」で臨むようにしてください。ご安全に。