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第110回「その時々の甘みから」
柄にもなく「パフェ」の話から始めてみます。
「パフェ」とは、よくご存知のデザートのことです。三省堂の『新明解国語辞典』には次のような語釈が掲載されています。「[parfait=『完全』の意のフランス語に由来]アイスクリームを台にし、果物・ジャム・チョコレート・アイスクリームを交互に重ねたデザート。[背の高いデザートグラスを使い、一番上にホイップしたクリームを載せることが多い]」。「パフェ」の説明に国語辞典を持ち出すのも多少無粋かもしれませんが、世の中で「パフェ」として提供されているもののほとんどすべてが、この語釈上の特徴を一定程度共有していることでしょうし、多くの人が想像するのも大体語釈によるところに近いのだろうと思います。何であれ、その語源のとおり「parfait(パルフェ)」、つまり「完全なる」デザートという名に相応しく、多彩なグラス容器を舞台に、アイスクリーム、シリアル、クランチ、チョコレート、生クリームが何層にもなって競演し、鮮やかな色彩を放つフルーツがふんだんに登場して見事なプロポーションを披露するさまは、まさしく「華麗」の一言に尽きます。素材、調味、技巧、美的センスなどのすべてが問われ、また一体となって形成される「完全なる」デザートです。私なんぞには普段は縁のない食べ物ではありますけれども、先日のこと、あるきっかけがあって、あるところで、ある人達と(と言っても家族とですが)その「完全なる」デザートを口にする機会がありました。
皇居を目前にするPホテルは、最近建替成った高層建物で、東京・丸の内のモダンな高層ビル群の一角を占めます。東京駅の丸の内口から近く、爽やかな晴天の中、そよ風に当たりながら散策するうちに到着してしまいます。そのPホテルの1階ロビーにあるラウンジで提供される「季節のパフェ」が話題となっており、その人気のために休日ともなると相当混雑するとされ、時に1時間以上も待たなければ入場できないとの話も聞いていました。それならそれで待つのを覚悟で件の「パフェ」を食してみようではないかと意気込み(?)ラウンジを訪れたのです。開放的で洗練されたラウンジには、美しいデザインのテーブルと椅子があちらこちらに配置され、穏やかな休日の物静かな空間に一層の落ち着きと均整を与えています。午前の10時半ぐらいのことで、ラウンジ内の客人はまばらでした。それぞれがお茶と会話を楽しんでいるようです。「パフェ」などを含めた食事系は11時から提供されるということでしたので、受付担当者に「11時まで並んで待っていればいいんですか」と問いかけると、「いえ、お飲み物だけでしたら今からでもご利用いただけますし、90分間はお時間を取れますから、中でお待ちいただいて結構ですよ」との回答。「それなら、とりあえず飲み物を頼んでおいて、ついでに前もって『パフェ』を注文しておくこともできますか」と改めて尋ねると、「それはできます」ということなので、しばらくラウンジ内に着席してお茶などをいただきながら、それこそ茶話に花を咲かせました。話題も笑いも尽きぬ間に、気付くと11時を過ぎていました。すると、しばらくするうちに私達のテーブルにお目当ての「パフェ」が運ばれてきました。周囲を見回すと、いつの間にやらラウンジは満席状態で、ラウンジの外で待っている人も見受けられました。目の前に置かれた「パフェ」は「3種の苺パフェ」という季節感溢れるものでした。直径は大き目で深さは程よいグラスに、これでもかと言わんばかりに新鮮なイチゴが載せられており、まるで大輪の花が咲いているようです。皇居のお濠に棲む白鳥を形取ったピスタチオのラング・ド・シャが添えられ、生クリームやアイスクリームの湖面を優雅に泳いでいます。底の方にはクランチが潜んでおり、食感的にも楽しめます。甘みと酸味のバランスよい調和に先ず感心してしまいました。
その甘みについてもう少し話を続けます。何とも優しい甘さで、人によっては「甘くない」と評する向きもあるでしょう。確かに味覚には絶対的な基準なんぞ無いでしょうし、感じ方は人それぞれ、結局は各人の「嗜好」という言葉に行き着くしかないのですが、それはそれとして認められるにしても、恐らくのところ昨今の風潮、現代食文化事情からすると、上述の「パフェ」のように「甘さ控えめ」が広く選好されているように思われます。それに比べると昔はもっと甘いものが好まれ、憧れの対象にすらなっていました。昔とはいつ頃のことかと問われると少し答えに窮してしまって申し訳ないのですけれども、健康志向云々が世の話題となり始めるよりももっと前、すなわち砂糖そのものが貴重品だった時代を想起していただくことにしましょう。砂糖が貴重品ならば、甘いものはなかなか口に入れられなかった訳で、それはそれは贅沢な食べ物、高嶺の花であったのです。ですから、昔ながらのお菓子は、今風のアレンジが加わらなければ、総じて甘い。場合によっては甘過ぎるとすら感じられてしまいます。それでもその甘さこそが、かの時代における高級品の証しであり、銘菓と称揚されるに必要な条件だったに違いありません。
ところが、世の中が豊かになり、多様な文化が流入し、無数の流儀や嗜好までもが等価値と見做される事態が出来します。また、そのいずれにアクセスすることも容易になりました。食文化体験が深まるだけでなく、材料や技術への関心度も高まり、食が提供される「場」にまで一家言を有する人が、俄(にわか)も含めて急増しました。ご立派な評論家や中途半端な「ツウ」のご誕生です。結果、平凡なもの、変化に乏しいもの、ひねりや工夫のないもの、陳腐で安っぽいものには有無を言わさず低評価の烙印が押されるようになりました。大味よりも一層繊細な味が求められ、それが高等扱いされるのですが、それでもたまに気まぐれの如く「懐かしの味」だの「田舎の素朴な風味」だの言って「庶民の味」や「昔から変わらぬ味」が持ち上げられることはあります。何事にも例外は付き物です。ただ、昨今の風潮としては、異論はありましょうが、どぎついのは下品、淡白なのは上品とされがちです。
なるほど、あらゆる進歩の末に今の味好みに至ったとすれば、それはそれでよし、です。しかし、どうであっても避けなければならないことは、たとえ今風に味が洗練されていなかったとしても、そうした味のものすら食することが困難だった時代、甘いものが貴重で贅沢な食べものとして羨望されていた時代、そうした時代の実情を忘却の彼方へ追いやったり、昔話として等閑視してしまうことなのです。何についても、得られる時代の感覚で得られなかった時代を処断してはなりませんし、特に後者の時代においては、甘いものを食する機会に与れることに感謝し、またその感謝の気持ちを抱いて大切に食し、喜びを噛み締めていたという点を忘れてはなりません。さらに突き詰めて考えてみれば、甘いものに限らず、日常の普通の食事、つまり決して豪華ではなく、飾り気も素っ気もないような毎日の食事でも、その材料を産み育て、運搬し、販売し、調理する人々の協力があって初めて口にできるのですが、それとて無条件に享受できる訳ではないし、当たり前のことなどではないという現実を覚えておかなければならないでしょう。たとえ飢餓や貧困から距離があったとしても、だからこそなおのこと、食べられることへの感謝の念、心持ちを失ってはならないはずです。元来人間は、過去から現在に至るまで(あるいは将来も同様に)「食べたい」という素朴な欲求を抱き続け、自身や自身の周辺環境が食に困らない状態にあることを懇望してきました。それで、食べられるという好運に恵まれたことに歓喜し、五感を最大限に働かせて咀嚼に集中したのです。そこには当然、好運への感謝と神仏への御礼が伴ないました。この姿勢の意味合いについて今一度深く考えてみるべきなのではないでしょうか。
いかに飽食の時代にあっても、言い換えれば、食に関する膨大な情報と選択肢に囲まれて実際気ままに欲望を満たせる境遇にあっても、只々甘いものに憧れていた人々の心持ち、甘いものを大事に扱い、幸福感に包まれながら合掌低頭して少しずつ口に運んでいた人々の心持ちを、現代に生きる我々の心持ちに照らし合わせ、重ね合わせてみることによって、人間の虚飾無き素の姿にまで接近しようとする営為を我々は厭うことはできません。繰り返しになりますが、生きるために何かを食べていかなければならない中で、それを食することができるということは、生命活動を維持するに必要不可欠な一条件が充足されているという単なる生物学的解釈に終わる事柄ではなく、決して当然には遭遇できない好運に謝すとともに、「生」を続け、つなげられるようにしてくれる世界に対して、あるいはまたそれを超えたところにある何らかの存在やその不可知的な力と理(ことわり)に対して畏敬の念を抱くべき位置に立っていることを意味するのです。
当世の美味美食を追い求めるもよし、粗食・素食に徹するもよし。大切なことは、すべての食への感謝なのでしょう。「ありがたくいただきます」。どのような食事の前にあっても意識しなければならないことです。流行の最先端にある高級料理を前にしても、最も原初的なところにある感謝と御礼の心持ちからは、それが原初的であるが故に決して逃れられません。この現実をしっかりと受け止め、その上でオシャレな料理をオシャレに食し、オシャレに論評するならば結構。されど、そのオシャレの背後には、オシャレとは全く無縁の強烈な「生」への欲求と祈りが、今なお静かに、かつ力強く我々の心のうちに脈打っているのです。
スプーンですくい上げたイチゴと生クリームを一緒に口へと運びつつ、生き、また生かされている自分の「今」に深謝しました。口の中に広がる甘酸っぱさは、その味の奥深くに潜む人間の「いのちの歴史」を覚知させるほどに想像力を働かせてくれ、あまたの人々が「生」の輝きを獲得するまでに歩んできた困難な道のりへと思考を誘ってくれたのでした。
さて、第74期に入って2ヵ月が経とうとする今、改めて思いを致すのは、何事も「当然のこと」と思い込んでいるが故に意識すらしなくなっている数々の事象によってこそ我々が支えられているという事実の重みです。それは時に沢山の人々の理解・協力、配慮・思いやり、叱咤激励等々、様々な形に姿を変えて現れる声援のようなものかもしれません。実はそうした声援が四方から送られているのに全く気付かず、場合によっては「全然声援がない」などと憤慨したり愚痴ったりしてしまうことも往々にしてあるでしょう。そんな声援ネットワークに支えられていることをもっと明瞭に認識できればよいのですが、それが容易にはできずに彷徨うしかないのが人間の性(さが)なのかもしれません。とは言え、日常生活は勿論、自分が携わる仕事において、そうしたネットワークの意味や値打ちを再認識し、せめて心の内において感謝の言葉をつぶやきながら職務に邁進することができたとするならば、それはそれで素晴らしいことではないでしょうか。
これから一層厳しさを増す自然環境と対峙し、健康のうちに安全作業に徹するには、お互いに声援を送り合う強固なネットワークの存在が欠かせません。各人の豊富な経験や知識技量を最大限活かし合いながら、ひとつひとつの困難を総力で乗り越えていきましょう。
とまれかくまれ体調にご留意を。ご安全に。